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太田正男 (プロ野球審判員) : ウィキペディア日本語版 | 太田正男 (プロ野球審判員)[おおた まさお] 太田 正男(おおた まさお、1931年8月26日 - 1992年9月5日)は、セントラル・リーグに所属していたプロ野球審判員〔『サンケイスポーツ』 1992年9月6日 2面〕。大阪府大阪市出身。関西審判部に所属し、1989年まで27年間勤務。公式戦2266試合に出場した。審判員袖番号は6。 == 来歴・人物 == 大阪市立生野工業高等学校出身。社会人を経て、1963年、31歳の時にセ・リーグ審判部に入局。2年目の1964年4月12日、甲子園球場で行われた阪神対巨人4回戦、左翼線審で1軍初出場。1980年のオールスターゲーム第1戦(阪急西宮球場)の1塁塁審〔プロ野球コミッショナー事務局 『オフィシャル・ベースボール・ガイド』 1981年度版 共同通信社、181頁 ISBN 9784764101029〕、第3戦(後楽園球場)の3塁塁審〔『オフィシャル・ベースボール・ガイド』 1981年度版 185頁〕、1985年オールスターゲーム第2戦(川崎球場)の右翼線審〔プロ野球コミッショナー事務局 『オフィシャル・ベースボール・ガイド』 1986年度版 共同通信社、191頁 ISBN 9784764101838〕、オールスターゲーム第3戦(藤井寺球場)の球審を務めた〔『オフィシャル・ベースボール・ガイド』 1986年度版 192頁〕。1989年12月31日引退。 1991年アシックスにベースボール事業部顧問として入社。主に連盟(セントラルリーグ、社会人、大学、少年等アマチュア)関係の渉外活動に従事。1992年の9月5日、リンパ肉芽腫のため、大阪市北区の大阪中央病院にて急逝。享年62(満61歳)〔。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「太田正男 (プロ野球審判員)」の詳細全文を読む
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